2020-06-30

発酵が身近な生活

ぬか床をうまく育て続けたい。

 

始めは新鮮な香りがしていい調子なのですが、

段々と「これでいいのかな?」という匂いに変わってくるのです。

 

ぬか漬けは、

今晩や明日の朝などの食卓のために準備するところが楽しい。

 

きゅうりや大根などをぬか床に埋め込む。

 

何時間後かに取り出す。

 

ぬかをさっと水で洗い流して、

ひとくち大に切り、食卓に出す。

 

少し食事に貫録が出るし 笑、

なんか豊かな気持ちになるので

ぬか床を育てている・・のですが。

 

始めのうちはいい香りなのに、

だんだんと「これでいいのかな??」

という匂いに変わっていくのが常で、

いままで何回「もうアカン・・」と断念したことか。

 

 

振り返れば

発酵ものにはけっこうトライしてきました。

 

パン作り、

甘酒、塩麹、

梅シロップ・・

どぶろく作りに挑戦したこともあったな。

(これも失敗しました)

 

そんな興味関心があったせいか、

「日本発酵紀行」(小倉ヒラク 著)という本に出会った時は

その写真や目に入った文章から醸されている、

静かで豊かな世界にとても惹かれました。

 

日本のあちこちに存在する

独自の発酵文化を著者が実際に見て、体感した

ことが綴られているその内容については、

ご興味を持たれたらぜひ実際に楽しんで頂ければ。

 

 

でも最終章のところは、いまこれをお読みくださっているあなたと

一緒に読んでみたいなと思い、少し引用させて頂きます。

 

 

なぜこんなにも多様な文化が生み出されたのか?

(中略)

この列島に生きる人たちの多くが、足りないものばかりの、

厳しい環境で生きてきたからなのだ。

制限された世界を生き延びるために、無名の人々が

何代もかけてその土地にあるものと、

目に見えない自然の力を組み合わせる方法をアップデートさせていった。

不思議なことだが「何でも自由に使うことができない」ということが、

創造性を生み出す。

放っておいても食べ物が実り、水害も干ばつも台風も地震もなければ、

食べること、生きることにここまでの手間と工夫をかける必要はなかったはずだ。

「無い」ということが、「有るようにする」という意志を生む。

この意志の発露が、生きるということだ。

僕が目の当たりにしてきたのは、どんな状況においてもよりよく生きようとする

人々の意志。その意志の強さ、しなやかさ、多様さだったのだ。

「いかに死なずに生き延びるか」が至上命題とされていた時代が終わり、

成熟した日本に生きる僕たちの次の命題は、

「いかに希望を持って生きられるか」になるのだろう。

(中略)

みんなで食卓を囲みながら、何百年ものあいだ醸された歴史を食べて血肉にする。

記憶を伝達するのは言葉だけではない。

食べることはつくること。つくることは思い出すことだ。

そして最後に記されているメッセージは

ほんとうに素晴らしいと感じ入ったのですが、

それはぜひご自分の目で読まれてください。

いま私たちは、

感染症で生活が大きく揺らいでいますが、

私たちの先人は過去に何度も同じ体験をしており、

またそれだけでなくさらに苛酷な状況も、

幾度も知恵を生み出しながら乗り越えてきています。

見えない多様な微生物たちと共存してきた知恵は、

幾多のトライアルアンドエラーと長い時間をかけ、

「闘う」というレベルを超えた視野から生まれたのだと思います。

発酵文化は

私たちを深め、寛容にしてくれる。

やはりぬか床を育て続けられるようになりたいなあと思います。

この記事が気に入ったら
いいね !

関連記事