2020-02-14

子どもがはつらつと生きるために、周りの大人ができること

「子どもをどんな大人に育てるかという目標をまず定めたい。」

これからは、

人間が自分の実力で生活する以外に、

道は無くなるのでは

たとえば金、地位、土地・・

そういったものの価値がすっかり無くなっても生きていけるように

子どもを育てねばならない時代がすでに来ている。

過去に寄りかかって生きてきた私たちには

想像の出来ない世界が来ても、

はつらつと生きていけるような子ども達に育てなければ

彼らは不幸である。」

===<引用、以上>===

これは今から70年以上前に、

子育てをする親世代へ宛てて書かれたものです。

言い回しが古めかしく感じられる箇所は、

少しだけ意訳しています。

それにしてもびっくりするほど、

いまに通用するメッセージだと思いませんか?

冒頭の言葉は、

整体師・野口晴哉(はるちか)さんという方の本、

「叱言以前(こごといぜん)」の冒頭に書かれてある文章です。

野口整体」という言葉を聞かれたことある方は

いらっしゃるかもしれませんね。

大人は、勘どころを外していないか?

子どもをよく育てたいと思っているのはいいことだが、

大人の目と手のかけ方によっては害になることがある、

と著者はいいます。

かける言葉が、その子にどう影響するか?を想像してみる。

たとえば、

こどもが絵を描いている。

手を動かせば

ペンから紙に線が生み出されていくおもしろさや、

色から湧き起こる感情など。

その子が純粋に絵を描く楽しさを味わっている時に

周りの大人が良かれと思って

「あら、上手にかけたねー」などと声をかけるとどうなるか?

その子は、

「絵を上手に描くと、人から褒められる」ことに気づき、

「上手に描く」ことに意識を向けるようになります。

それまでは純粋に、

「手を動かしたら紙の上に線が引かれる」

という驚きに魅了されていたかもしれないのに、

いつのまにか「人から褒められるため」に絵を描くようになり始める。

それは、子どもが「自発的に行動する楽しさを奪っている言葉のかけ方」だと

と著者は指摘しています。

子どもをどんな大人に育てたいかという目的をもって、

子どもに接していく。

「自分の行動に自分で責任を負って、

良くても悪くても自己弁明をしないで生きられる人間ばかりの世界にしたいものである。」

というのが、著者の思いです。

私もこの理念に共鳴しています。

子どもという自然に、大人の都合を持ち込まない

蕾から花が開き、

やがて枯れ落ち実を結ぶように。

私たちも身体という自然とともに生きています。

整体師である著者は

その心身の自然な要求を無視しないことが

うまくいくコツであると言います。

たとえば子どもの中で発散させたい欲求がある時。

表現の仕方をしらない子供は

誰かを叩いたり、物を投げたりといった行動に出る時があるけれど

それをただ大人の価値観や都合で抑えようとしても

うまくいかない。

人がその天心(生まれ持っている力)を存分に発揮しながら

命を全うできるように。

運動をさせて

その行動の奥にあるエネルギーのうっ滞を流して

自然の要求の流れに沿う躾をすることが

大人の知恵の使いどころだ、

といったことなど。

嘆くよりも、アイディアを形に。

おそらく私たちの多くは

残念ながら「勘どころを外した」育てられ方で

大人になっているのではないでしょうか。

だから、

70年以上も前の子育てのアドバイスが

現在 親として生きる私たちに、

新鮮な驚きをもって響いてくるのでしょう。

でも、

過去がそうだったから仕方ないと嘆くばかりでは、状況は変わらない。

ここをもっとこうすればいいのでは?

と気付いたことは、愚痴で終わらせるのではなく

どんどん変えていけばいいのだと思います。

大人が躾や優しさと勘違いした言動で

子どもの自発の芽を摘むことなく、

なぜこの子はそうしたのだろう?と

行動の背後にあるものを想像してみるとか。

考える力、頑張る力が出るチャンスに

すぐにアドバイスしたり、手を貸したりしないとか。

言葉のかけ方を変えてみるなど。

私たちが子ども時代に大人から受けて

”いま一つだった言動”を知恵に変えて。

現在子ども時代を生きている人への接し方で実践するのが、

大人となった私たち世代の仕事なのだと思います。

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