2020-06-21

「本質をつかむ」価値の大きさ

本を大量に処分しました。

 

コツコツとけっこうな費用もかけて手に入れたものたちだったので

さほど読んでいないにも関わらず、なかなか手放せずにいました。

 

そうやって足掛け10年ぐらい。

引っ越しのたびに段ボールに入れては出し・・を繰り返し

手元に置いておいた本たちを、

やっと手放す気になり

 

中古本の買い取りに出したところ、

そのほとんどが買い取れずにそのまま廃棄とのこと。

 

 

これはこれで、

自分が意識を向けていた世界と

世間とのギャップを教えてもらえたようでもあり、

さっぱりした気持ちになりました。

 

 

 

私は何にしがみついていたんだろう?

 

 

自分なりに生き方を模索していたのだと思います。

 

その頃の足跡ともいえる本たちを手放してみて、

じゃあ あの年月は取り組む価値のないものだったか?と自問してみると、

それはやはり違うなと。

 

 

その時に一生懸命考えたから

今はすぐに明快な答えを出せる。

あの日々があったから、より自分が歩みたい道が分かるようになりました。

 

 

ただできれば・・もう少し人生の前半で

「学び方」を学びたかったなという気づきはあります。

 

 

何のために学ぶのか?

よく考えれば これはあらゆる行動を起こす上でとても大切な問いなのに、

なぜか「それは言いっこなし」という暗黙の雰囲気にのまれて

ここまで生きてきてしまった感があります。

遅ればせながら、

50歳を目前にしてやっと

何をするにも大切なこの 自分への問いを

立てられるようになりました。

それにより人生の質が上がったと感じます。

関わる前に、よく観ることの重要性

 

このような経験をしてきたので、

学ぶこと、学ぶ人、人の集まりをよく観て、

そこにコミットするかどうか?を決めることは大切だなと思います。

 

ここ、ついなんとなくよさそう、とか

義理人情で決めてしまうことも多いのですが、

 

ぼんやりとした未来を思い描いて関わることを決めると、

ただ自己承認を満たす時間以上のものを得られないことも多いからです。

 

 

自分自身も、

どこか自分が望む生き方とズレているのに頑張っちゃうと

徒労を感じてしまうし、だからといって途中で投げ出すと

一緒に関わるひとに とても迷惑をかけることになってしまいます。

 

 

だから始めに、よーく観ること。

大切ですね。

 

 

とはいえ“選択眼”も結局、

それまでの自分の価値観がすべて表れているので

 

都度ベストを尽くし、

なにか違うと気づいたら、そこを改善していく。

その積み重ねしかないのだなと。

 

 

とてもシンプルになりました。

 

これはいいな、と思うことに邁進し、

共鳴する人と時を分かち合う。何かを共に成し遂げる。

これは幸せですね。

 

 

 

 

 

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